季刊 表現の技術

すべての人間に公開

生きていく10月

まったく死にたくはなく、生きたい。ただ生きるのではなく、よく生きたい。よく生きるためには死を身近に感じたほうがいい。

 

そう思って身の回りを見て回る。が、首を吊るのに好適な、枝ぶりのいい木がこの都市にはなかなかない。首吊りの縄をかけるのは枝ぶりのいい木と決まっている。東京には木が少ない。街路樹はまっすぐ生やされて通行・流通をさまたげないようにしてある。縄をかけられる枝がないのである。

 

試す人がいるかもしれないから注意しておくが、手近だからといってカーテンレールで首は吊れません。カーテンレールの上を猫は歩くけれども、人間の重みを支えられるほど丈夫ではない。ハンガーをたくさんかけたら、たわむくらいである。また高さも十分ではなく、足が床についてしまう。

 

そこでカーテンを開けて、アルミサッシも開けてベランダに出ると、そこには必ずや手すりがある。有史以来、カーテンがあるほどの文明には、必ずや手すりがあった。手すりは頑丈にできているので体重を支えられる。手すりに縄をかけて、ベランダの外にぶら下がれば高さも十分である。しかしベランダからぶる下がると、下の階に住む子供(たしか中学生くらいの女の子がいたはずだ)にトラウマを与えることになる。そんなことのために生まれてきたのじゃない!

 

やはり不精をせず外で枝ぶりのいい木を、それに変わる何かを探すべきなのである。

 

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いきなりよさげなものがあった。そもそもがぶら下がるためにつくられているもの。

隣の草野球場では男が四股を踏んでいた。

 

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強度がたりないもの、強度は十分でも昇りようがないものが多い。

 

 

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児童公園と書いてあった。そんなことのために生まれてきたのじゃない!

 

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執行バレエスクール。

 

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入浴者。

 

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家の近所まで戻ってきたら、枝ぶりのいい鏡を見つけた。

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この連結部に縄をかけられる。↑

前から見た、枝ぶりのいい鏡。↓

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