季刊 表現の技術

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じゃことどく

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読めないと思うが、スケジュール帳の5月5日の欄には「じゃことどく」と書いてある。

今日は通販で、静岡のお店に「しらす」を注文しました。それが5日に届くのです。

書いてから気づいたけど、しらすは「じゃこ」ではないかもしれない。ちりめんじゃことか、似たような味と食感の「かちり」とか、「小女子」とか、しっかり水分を抜いてある小魚が「じゃこ」である気がする。しらすは小魚を茹でたやつで、乾燥はさせていないので「じゃこ」とは違う。

このお店ではいつも「かちり」や「小女子」を買っているので、「じゃこ」のお店だと認識していて、だから「じゃことどく」と書いたのだと思う。

しらすは冷凍便で1キロ届く。 1キロのブロック状になってるやつを速やかに15くらいの小袋に分け、冷凍庫に収納する必要がある。 ちょっとした作業になるので、それなりの時間と覚悟を用意しておかなくてはいけない。だからスケジュール帳に「じゃことどく」と書いた。

繰り返すが、届くのは「ちりめんじゃこ」ではなく「しらす」です。 左ページのうえのほうに裏写りしている赤いのは「歯医者」です。前週の予定です。

手帳の1日分の記入欄を、「じゃことどく」だけで埋めてもいいくらいの速度の生活が、私にはあっている。 届くのは「じゃこ」ではなく「しらす(1キロのブロック状)」だけど、それを受け取って、小分けにして冷凍する。それ以外にやることがない。あるいは、それ以外は手帳に書くほどのこともないいつもの1日である。

そのくらいがちょうどいい。 そんなことを思ったので書いてみました。

私が冷凍庫にしらすとか小女子を常備するようになったのは、丸元淑生の影響である。

 

おいしくて栄養学的にも正しい食生活にするためには、まずキロ単位で「じゃこ」と「たらこ」を買って冷凍庫に常備せよとか異常っぽいことが書いてある。

これは正しくて、異常っぽい楽しさでもないと、食生活の改善とか部屋の片付けとか節約とかは辛気臭さが勝ってしまう。この手のハウツーは異常者っぽさがないといけない。

丸元さんの著作で、本として楽しいのはここらへん。

 

 

 

なにが楽しいかというと、「昭和の料理写真」の懐かしさ(若いひとにとっては珍奇さ)が楽しい。(2018年4月29日)